以前のトークの中にこんなやりとりがありました。
家の中に干した洗濯物を見ながら、“手間ひまかけて淹れたコーヒーを飲みたい気分にはならない”、ということです。(中略)いろんな場所にあるカフェの、こういうところが好きだなとか、いいなって思うところの断片を、いつも記憶のなかに集めてるのかもしれません。
弓庭は、好きなカフェを丸ごと記憶せず、いいなと思うところを断片化して、頭の中に入れてるといいます。この断片化されたカフェの記憶は、今住むマンションの間取りや内装にも活かされてるそうです。
今回は、好きなカフェを家づくりの参考にしてきた弓庭に、その取り入れ方や活かし方について、いろいろと聞いてみました。そもそもどんなカフェが好きなのか。そんなところからトークは始まります。
アムステルダムの思い出
前職(客室乗務員)だったとき、仕事でよく行っていた街がオランダのアムステルダムでした。その当時も今も、いちばん好きな街のひとつなんですが、お気に入りのカフェといえば、いつもアムステルダムにあったカフェのことが頭に浮かびます。
すごく日常的で、〈自分の居場所〉のように落ち着くことができたカフェなんです。自宅には、そこから紐づけられたものがたくさんあると思います。
具体的にそのカフェを描写してみて。
例えば、うちのキッチンにも取り入れてるんですけど、壁の一部に古いレンガが張ってあって。3m以上ある天井にはファンがくるくる回っていたと思います。
黒板にはメニューがつらつらと書かれてて、長いカウンターの上には焼きたてのパンや、絞り立てのフレッシュジュースが、あとスコーンなんかが置いてありました。
そのカフェで朝食をとるために、わざわざ早起きして… ワクワクしながら、ホテルから歩いて通っていました。注文の列に並びながら、いつも決まって、BLTにするか、アボカドが入ったベーグルにするか、寸前まで迷ってたんですよね。今日はどっち食べようかなって。並んでいる時に目にする風景が、すごく好きだったなって思い出しますね。
窓からは街の人が行き交う様子が見えていました。そのカフェの先には、週末になるとマルシェが隣町ぐらいまで続くんです。
街の中心から少し離れた所に泊まっていたので、地元の生活感あふれる様子がすごくいいなって。その中の一部になれているような気がして、なんだか心地よかったんだと思います。
街に馴染むから心地いい
今まで何十年かけて海外、日本国内の数あるカフェをみてきたと思うんだけど、常にそのオランダのカフェが出てくる。何が他と違うんだろうね。なぜそのカフェが理想のカフェであり続けるんだろう。家に取り込むほど何があなたを惹きつけるんだろう。
んー。そーですね…
馴染んでる古い感じなのかな。おしゃれなカフェという存在でもなくて。地元の人に愛されている、近所の人が出たり入ったり普通に存在してる感じがなんとなく心地よかったんですかね。
時間をかけて近づけていく
冒頭で、“自宅には、そこから紐づけられているものがたくさんある”と言っていて、例えば古いレンガの壁や天井のファンだったりと。そういうのは要素として取り入れて、それで成立しちゃうものなのかな。
パッと見は成立するんでしょうけど、多分そこで時間がたたないといけない何かは、ありそうです。
好きな理由を聞いてると、街に溶け込む様子や、そこに住む人の暮らしぶりにかさねて、カフェの良さを見出しているようにも思う。
はい。
その街にあってはじめて成立してるとしたら、その一部を切り取って持ってきても、それはちょっと違うってことにならないのかな。街に馴染むから心地いいのに。
この家で心地いいと感じるのにも時間がかかる、ってなっちゃうような気がする。
取り入れて近づけていくっていう過程に、いつもいるのかなって思うんです。これが正解だったかな?って。
壁を塗り替えたり、家具のレイアウトを変えたときって、馴染むのに少し時間がかかるじゃないですか。
割と最近、壁のクロスを漆喰(しっくい)で塗り直しましたよね。コテを使って、自分たちの手で。その時、こんなラフで良いのかなと思ってやったじゃないですか。最初の1日目は本当に大丈夫?っていう感じで。でも1週間もすると、前からそうだったかのように落ち着いてきたじゃないですか。
自分の目指す心地いい空間、真似したい空間があるとして、そこに向かって壁をこうしましたと。だけど、1日目はこれが正解だったのかわからない。それが2、3日すると「アリかな」になって、1週間するとやっぱり落ち着くよねって。
手で塗ったラフな感じや、光が当たった時の陰影が良いよねとか、そうやって少しずつ馴染んでいく様子を受けいれていったと思うんです。
だから、長い年月とは言わないけど… 今まであったものを変えると、これで良かったのか、ちょっとした疑問が生まれると思うんですよね。
“ああ、やっぱり自分の好きな空間に近づいてってる”って実感するには、少し時間がかかるのかなと思います。うん。
自分の好みを見つける旅
自分の目指す心地いい空間、真似したい空間というけどなかなか… みんながみんなはっきり持ってるわけではないよね。あなたには、積み重ねがあるからそう言えるけど。
小さい頃から不動産広告の間取りをみて空想するのが趣味だったり、何十年も『建物探訪』を見続けたりね。番組が早朝に移動した今でも録画して見てるし。
自分の中に蓄積されたデータベースがあるので、自分で判断が出来ると思うんですよね。でも、出来ない場合は、まずどこから始めたらいいんだろう。自分の好きを見つける旅をしないといけないよね。それをどういうふうにしたらいいのか。
好きなカフェの、好きな席の風景
自分の好みがわからない場合はどうすればいいと思う?
自分が好きなカフェないですか?って。
まずカフェね。
頭にぱっと浮かぶ好きなカフェがあったら、そこに何回か通ってみてください。もしあるなら、さらに自分の好きな席を目指して。
ちなみに、私の場合、あそこ(の席)が空いてたらいいなとか、なんとなくあるんですよ。
なんで自分はその席に座りたいのか、なんでその席がいちばん落ち着くのか、そこに座った時に何が自分の目に映るのかとか。何を自分は好きだと思ってるのか、コーヒーを飲みながら1人でよく観察してみたら、なんか感じる、持って帰れるものがあるんじゃないかなって思うんですね。
座りたい席を探して、気になるものを見つけて、それをきっかけにすると。
そうです。要素が落ちていると思います。
例えば私の場合、カウンターがあったら、その端っこの席に1人で座りたいんです。あまりお店の人と視線があわないような席に座って、コーヒーとトーストを黙々と食べているぐらいが好きなんですね。放っておかれたいっていうか…
お店の人がカウンター越しにドリップしたり、サイフォンで淹れる様子を見るのは好きなんです。でも、別に話したくはないんですね。人の気配は好きなんですけど、放って置かれたい(笑)。
だから家には、小さくてもカウンターが欲しいと思ったし、家なのでキッチンにたてば、喫茶店のマスター役も自分じゃないですか。
座ってるのも自分だし、コーヒー淹れてるのも自分だから、そのどっちも取り入れたんですよね。
そういうふうにあらためて思っていくと、それまでは単純にそこに行くのが好きだから、とか、コーヒーをただ飲みながらぼーっと弛緩しているだけの時間だったと思うんですけど。ある意味すこし真面目に考えてみながら、通ってみるっていうのはおもしろいかもしれないです。
写真 構成 文:刈込 / 話し手:弓庭